第13回大会制定(2004年11月23日)
第1章 教会訓練の本質と目的
(教会訓練の本質)
1-1 教会における訓練(以下「教会訓練」という)は、歴史の主であられる栄光のキリストから委ねられた、あらゆる国の人々を主 イエス・キリストの弟子とするという使命を果たすためになされる。そのため、すべての訓練は、世の終わりまで御霊によってご自身のからだである教会にご臨 在される栄光のキリストの御名によってなされる。
(教会訓練の目的)
1-2 教会訓練は、教会のかしらである栄光のキリストが、父なる神のみこころにしたがい、御霊のお働きによって、ご自身の民を養 い育ててくださる恵みにあずかることである。主イエス・キリストは、ご自身の御名によってなされる教会訓練をとおして、教会をご自身のからだとして建て上 げてくださるとともに、訓練にあずかる一人一人をご自身のかたちに似た者となるように育ててくださる。教会がキリストのからだとして建て上げられ、それに 連なる者が栄光のキリストのかたちに似た者となることによって、父なる神の恵みに満ちた栄光が現されるようになる。
(恵みの手段の活用)
1-3 栄光のキリストは、父なる神のみこころにしたがい、御霊によって、ご自身のからだである教会を聖く傷のないものとして御前 に立たせてくださり、教会に連なる一人一人を御前に聖く傷のない者としてくださるためのお働きをなしておられる。主イエス・キリストはそのために恵みの手 段として、みことばと聖礼典を地上の教会にお与えになった。教会訓練は主から与えられた恵みの手段を、主への信頼に基づく祈りとともに用いることによって なされる。
(霊的な性格)
1-4 教会訓練は、キリストのからだである教会にご臨在され、主から与えられた恵みの手段を生かしてくださる御霊のお働きに信頼してなされる。その意味で、教会訓練は霊的なものである。
(自由の原則)
1-5 教会訓練においては、それにあずかる者の良心の自由が守られなければならない。したがって、教会訓練は福音のみことばに基づいてなされ、訓練にあずかる者が福音のみことばを理解し悟ることによって主に従うようになることが大切である。
(愛の原則)
1-6 教会訓練は、キリストのからだである教会に加えられているすべての者が、神の子どもの自由にあって、かしらであるキリストの戒めにしたがって互いに愛し合うことの中でなされる。
栄光のキリストはご自身のからだである教会に連なる者たちに、さまざまな賜物を与えてくださっている。主の民は主が与えてくださった賜物をもって主に仕 えるとともに互いに仕え合うことの中で、愛を具体的に表わす。これによって、愛のうちに、それぞれがキリストのかたちに似た者に成長するとともに、キリス トのからだである教会が建て上げられるようになる。
(人格と賜物)
1-7 栄光のキリストが与えてくださる賜物は、主の民それぞれがキリストのかたちに似た者に成長するとともに、キリストのからだ である教会が建て上げられるようになるための手段であって、賜物をもつこと自体が目的ではない。主の民が賜物をもって互いに仕え合う愛の実践をとおして、 それぞれがキリストに似た人格として成長し、キリストのからだである教会を建て上げるとともに、愛と恵みに満ちたキリストの栄光を映し出すことが目的であ る。
(秩序と賜物)
1-8 教会の役員として立てられた者たちは、主がご自身の民に与えてくださっているさまざまな賜物が、キリストのからだである教 会の中で活かされるように配慮する。同時に、主の民は、主から委ねられているさまざまな賜物を、教会の役員たちが主のみことばに基づき、牧会的な配慮のも とに立てた方針や具体的な計画と調和する形で用いなければならない。
(罪の現実)
1-9 この世にある主の民は主の完全な贖いの恵みのうちに保たれているが、なおも自らのうちに罪の性質を宿しており、しばしば罪を犯す。教会訓練は、主の贖いの恵みによって、この現実にも備えるものでもある。
(霊的な戦い)
1-10 「最初の福音」(創世3:15)が霊的な戦いの文脈で与えられ、約束の贖い主が公生涯の初めにまず悪魔と対決されたこと に見られるように、主の贖いの御業は霊的な戦いの中で成し遂げられた。栄光のキリストの主権の確立は暗やみの力に対する勝利を告げるものである。しかし、 地上の教会は常に暗やみの力の働きにさらされている。
教会訓練は、霊的な戦いに備えるものとしての意味をもっている。教会訓練は、霊的な戦いの状況にあってさまざまな試練を経験する主の民が、真理のみこと ばをあかしするとともに、愛をもって互いに仕え合うことによって主にある慰めと励ましを受けるためのものでもある。
第2章 教会訓練の諸側面
(教会訓練の二つの面)
2-1 教会訓練には、その積極的な面としての「牧会的訓練」と、消極的な面としての「矯正的訓練」あるいは「裁判的訓練」の二つ の面がある。後者は一般に「戒規」と呼ばれるが、それは罪を犯している兄弟(姉妹)を回復するための訓練である。これらは教会訓練という一つのものの二つ の面であって、互いに切り離すことはできない。また、1章において表されている教会訓練の本質と目的は、この二つの面のどちらにも当てはまる。
(教会訓練にあずかる者)
2-2 御父、御子、御霊の御名によって洗礼を受けて、新しい契約の共同体であるキリストの教会の会員となった者とその子どもたちは、かしらであるキリストの恵みに満ちた主権のもとにあって訓練を受ける。
(自己訓練)
2-3 まことの牧者にして大祭司であられる栄光のキリストは、みことばと聖礼典とともにお働きになる御霊によって、ご自身の主権 のもとにあるすべての者を支え導き養ってくださる。これにあずかる者は、自ら、主が与えてくださっている恵みの手段を信仰によって活用し、御霊の導きのも とに、福音のみことばにしたがって、真実な悔い改めと贖い主への信仰によって、聖化の道を歩む。
(相互の訓練)
2-4 新しい契約の共同体である教会に加えられた者は、かしらであるキリストに結び合わされている者として、互いに一つとされて いる。そして、主の御前に仕える祭司として、主に礼拝をささげるだけでなく、互いに対して祭司としての立場に立たされている。それゆえに、聖徒の交わりを とおして慰めと励ましを受け、とりなしの祈りをもって互いに支え合う。
(公的な訓練)
2-5 教師と長老は、地上の教会における公的な訓練のために賜物を与えられて召されている。教師と長老は、召してくださった方への畏れと、主から委ねられた魂への愛とへりくだりをもって、この任に当たる。
第3章 牧会的訓練の原則
(目的)
3-1 教会のかしらであるキリストは、父なる神のみこころにしたがい、御霊のお働きによって、ご自身の民を養い育ててくださる。 牧会的訓練は、まことの牧者である主がご自身のからだである教会を建て上げてくださるとともに、それに連なる者をご自身のかたちに似た者に育ててくださる 働きにあずかることである。主はそのために恵みの手段としてのみことばと聖礼典を備えてくださっている。それで、主の訓練にあずかる者は、この恵みの手段 を祈りとともに用い、信仰によって自らに当てはめなければならない。
(自己訓練)
3-2 信徒一人一人が恵みの手段としてのみことばに親しみ、みことばを自らの生活に当てはめることは牧会的な訓練の大切な一面で ある。それは、主の日の公的な礼拝におけるみことばの説教と聖礼典の執行、共同の祈りと奉仕など、新しい契約の共同体としての教会における聖徒の交わりに 根差したものとしてなされる。
(相互の訓練)
3-3 主はご自身の民に、ご自身にならって愛し合うようにという新しい戒めを与えられた。主の民は御霊のお導きの下に、ともに主 を礼拝し主の晩餐にあずかる者としての交わりを厚くする。また、この主にある交わりのうちで、慰めと励ましを受け、それぞれに委ねられた賜物をもって仕え 合い、互いの徳を高めるように努める。
(公的な訓練)
3-4 牧師と長老による公的な訓練は、主の日の公的な礼拝においてなされる福音のみことばの説教と聖礼典の執行を中心としてなさ れる。これとともに、またこれに基づいて、牧師と長老による訪問や面談などによる交わりをとおして、それぞれの魂にふさわしい導きと励ましと慰めが与えら れる。
(陪餐会員)
3-5 小会は聖礼典を福音のみことばにしたがって執行するために、授洗に際して試問を実施する。また、主の晩餐にあずかる者を定期的に確認する。
第4章 矯正的訓練の原則
(目的)
4-1 矯正的訓練は、罪を犯している兄弟(姉妹)を悔い改めに導くとともに、罪を悔い改めた兄弟(姉妹)を主にある交わりに回復 するためのものである。それは愛をもって互いに仕え合うことの現れであり、お互いの間で福音のみことばにあかしされている主の恵みを確かめる機会ともな る。
(主の教え)
4-2 主は、マタイの福音書18章15節~20節に記されているみことばにおいて、罪を犯している兄弟(姉妹)を回復するための道筋を示してくださっている。それで、ここに記されている主の教えに沿って罪を犯している兄弟(姉妹)の回復を求めなければならない。
(主のご臨在)
4-3 この教えに先立って主はご自身が失われた羊を捜し出される牧者であられることを示しておられる。また、主は、兄弟(姉妹) の回復のために二人または三人が集うところにご自身がご臨在してくださることを約束してくださっている。矯正的訓練は、このまことの牧者であられる主のご 臨在を信じ、主に信頼してなされる。
(赦しの精神)
4-4 また、この教えに続いて主は、罪を犯した兄弟(姉妹)を限りなく赦すべきことを強調しておられる。矯正的訓練は、ご自身の十字架の死による罪の贖いによって私たちの罪をすべて赦してくださっている主のご臨在の御許で、兄弟(姉妹)に対する忍耐と愛をもってなされる。
(自己訓練)
4-5 矯正的訓練は、それぞれが主の恵みと御霊の導きによって自らの罪を認めて悔い改めることから始まる。真の悔い改めはイエ ス・キリストとその贖いの恵みを信じる信仰に至る。そして、この信仰は「愛によって働く信仰」(ガラテヤ5:6)である。主の民は日々に自らを省み、主の 約束にしたがって罪を御前に告白し、主が備えてくださる罪の赦しときよめにあずかるとともに、福音のみことばと御霊に導かれて、愛のうちに聖化の道を歩 む。
(二人だけのところで)
4-6 兄弟(姉妹)が罪を犯していることが分かった場合には、その兄弟(姉妹)を福音の恵みによって回復するために、主の御名に よって遣わされていることを心に留める。自らも罪の性質を宿し罪を犯す者であり、主の恵みによって赦されている者であることをわきまえ、主の御前にへりく だりつつ、兄弟(姉妹)への愛をもって、二人だけのところでその罪を取り上げる。これは忍耐深いとりなしの祈りをもって継続的になされるものである。
兄弟(姉妹)が罪を悔い改めた場合には、主が約束によってその罪を赦してくださっていることをみことばに基づいて告げる。さらに、必要があれば、その兄弟(姉妹)の罪によって損なわれた交わりの回復のための助言と支えを与える。
この問題はこれで終結しているので、兄弟(姉妹)の名誉を守り、罪の事実については口外してはならない。
最初に兄弟(姉妹)を回復するための重荷を与えられた者は、最後まで兄弟(姉妹)の回復のために労する。
(罪を覆うこと)
4-7 これは罪を犯している兄弟(姉妹)の罪が放置された場合に、主の愛と恵みを侮るようになり、その兄弟(姉妹)が主のさばき を受けて滅びに至る危険や、キリストのからだである教会に重大な傷を与えることになる危険があるときなどに、主の恵みに信頼して、兄弟(姉妹)を回復する ためのことである(ヤコブ5:20)。自分がその罪を赦せばすむと考えられる場合や、すでに兄弟(姉妹)が罪を離れて新しい歩みをしている場合など、その ような危険がないときには、その罪を取り上げる必要はない。「愛は多くの罪をおおう」(1ペテロ4:8)というみことばの教えに沿って対処する。
(証人を立てる)
4-8 忍耐深い説得にもかかわらず、兄弟(姉妹)が罪を悔い改めない場合には、一人または二人の証人を伴って、その兄弟(姉妹) のもとに行く。証人は公正な心をもって双方の言い分に耳を傾けて、罪の事実を確認する。兄弟(姉妹)の罪が確認された場合には、主の御前にへりくだりつ つ、兄弟(姉妹)への愛と忍耐をもって、罪を悔い改めて、主の恵みに信頼するように勧める。
兄弟(姉妹)が罪を悔い改めた場合には、主が約束によってその罪を赦してくださっていることをみことばに基づいて告げる。さらに、必要があれば、その兄弟(姉妹)の罪によって損なわれた交わりの回復のための助言と支えを与える。
この問題はこれで終結しているので、兄弟(姉妹)の名誉を守り、罪の事実については、証人も口外してはならない。
(証人の役割)
4-9 一人または二人の証人を立てるのは、兄弟(姉妹)の罪をより客観的に確認し、兄弟(姉妹)を回復するための働きかけを継続 するためである。同時に、兄弟(姉妹)を回復するための働きがなされていることを確認し、それでも兄弟(姉妹)がその罪を悔い改めなかったときに、次の段 階に進むための証人となるためである。
(小会への提訴)
4-10 証人を交えた忍耐深い説得にもかかわらず、兄弟(姉妹)が罪を悔い改めない場合には、証人とともに、教会の法廷としての役割を果たす小会に提訴する。これをもって、この問題は公的な問題となる。
長老たちは教会のかしらであるキリストから「鍵の権能」を委ねられている者として、この問題を取り上げる。双方の言い分に耳を傾けつつ、必要な調査を もって慎重に事実を確認し、罪の事実が明確になった場合には、長老たち自身が主の御前にへりくだりつつ、兄弟(姉妹)への愛と忍耐をもって、罪を悔い改め て、主の恵みに信頼するように勧める。
兄弟(姉妹)が罪を悔い改めた場合には、主が約束によってその罪を赦してくださっていることをみことばに基づいて告げる。さらに、必要があれば、その兄弟(姉妹)の罪によって損なわれた交わりの回復のための助言と支えを与える。
この問題はこれで終結しているので、兄弟(姉妹)の名誉を守り、罪の事実については、長老たちも口外してはならない。
(譴責)
4-11 小会における長老たちの忍耐深い説得にもかかわらず、兄弟(姉妹)が罪を悔い改めない場合には、小会は、兄弟(姉妹)が 犯した罪の性質と程度に応じて、教会の譴責を執行する。その場合に、教会の譴責が、その兄弟(姉妹)が罪を悔い改めて、福音の恵みによって主の御前に回復 されるようになるためのものであることを告げる。
教会の譴責については別に定める。
(例外)
4-12 罪を犯している兄弟(姉妹)を回復するためには、かしらであるキリストの教えにしたがって、これらの段階を踏まなければ ならない。そのすべての過程において、兄弟(姉妹)の名誉が守られなければならない。しかし、緊急に公的な対処を必要とする場合や、すでに兄弟(姉妹)の 罪が公になってしまっている場合など、この段階を踏むことができないことがある。その場合には、最初から小会がその問題を取り上げて、公的に対処する。
兄弟(姉妹)の罪が公になってしまっている場合には、小会は、罪を犯している兄弟(姉妹)を主にあって回復することを目的としていることを、その兄弟 (姉妹)ばかりでなく、信徒たちすべてに対して明確にする。小会は、すべての信徒に、兄弟(姉妹)への愛と忍耐をもって主の恵みによる回復を祈りつつ兄弟 (姉妹)を支えることと、小会に主からの知恵が与えられるように祈りつつ小会を支えることを要請する。
(管轄権)
4-13 矯正的訓練の管轄権、すなわち、罪を犯している兄弟(姉妹)を主にあって回復するために労する特権と義務は、その兄弟(姉妹)が信徒籍を置いている地区教会の小会にある。また、教師に対する矯正的訓練の管轄権は、教会の法廷としての中会にある。
(教師と長老に対する訴え)
4-14 教師や長老に対する提訴は、二人か三人の証人がなければ受理してはならない(1テモテ5:19)。
(不服と提訴)
4-15 小会の裁定を不服とする兄弟(姉妹)は、その裁定についてより上級の教会の法廷としての中会に提訴することができる。
提訴を受けた中会は、事実関係を調査して、提訴を却下するか、裁定に対する再審理を求めることができる。いずれの場合にも、その理由が示されなければならない。
中会の裁定を不服とする小会あるいは兄弟(姉妹)は、その裁定についてより上級の教会の法廷としての大会に上訴することができる。
上訴を受けた大会は、大会議長、書記および総務の合議により、特命委員を任命・派遣する。特命委員会は中会の裁定について調査・検討した上で、調停をは かる。調停が不調に終わった場合には、上訴を却下するか中会に再審理を求める。いずれの場合にも、その理由が示されなければならない。
特命委員会は、最も近い大会会議において、これらの経緯と委員会の裁定について報告し追認を得る。
中会が特命委員会の裁定を不服として提訴した場合には、大会会議において審議する。重大かつ緊急の事態においては、議長は臨時大会を招集する
第5章 教師に対する提訴
(提訴)
5-1 教師を提訴する者は、二人以上の証人の証言を得て後、小会あるいは中会に提訴する。
小会が提訴を受けた場合には、提訴された事柄を慎重に検討する。小会は提訴された教師に助言や勧告をしたり、問題の調停に当たることができる。十分な理 由があると認められた場合には中会に提訴する。中会への提訴をしない場合には、小会に提訴した者と証人にその理由を伝える。中会への提訴をもって、この問 題は公的なものとなる。
(中会会議の招集)
5-2 提訴を受けた中会は速やかに会議を招集し、提訴を受けた教師に対する愛と忍耐をもって、提訴に関する審議を行う。中会は、必要に応じて特命委員会を設置して、調査と調停に当たらせ、答申を受ける。最終的な裁定は中会会議において、3分の2の賛成によって決定される。
(上訴)
5-3 中会の裁定に不服がある教師あるいは提訴者は、その裁定に関して大会に上訴することができる。
(大会の対処)
5-4 前項の上訴を受けた大会は、大会議長、書記および総務の合議により、特命委員を任命・派遣する。特命委員会は中会の裁定に ついて調査・検討した上で、調停をはかる。調停が不調に終わった場合には、上訴を却下するか中会に再審理を求める。いずれの場合にも、その理由が示されな ければならない。
特命委員会は、最も近い大会会議において、これらの経緯と委員会の裁定について報告し追認を得る。
中会が特命委員会の裁定を不服として提訴した場合には、大会の会議において審議する。重大かつ緊急の事態においては、、議長は臨時大会を招集する
第6章 教会の譴責
(譴責の目的)
6-1 教会の譴責の目的は、次の五つである。第一に、罪を犯した兄弟(姉妹)たちを矯正し、回復するため。第二に、他の者たちが 同様の罪を犯すことを思いとどまらせるため。第三に、主の契約の共同体を損なうに至る恐れのあるパン種を除くため。第四に、キリストの栄誉と福音に対する 告白を擁護するため。第五に、もし神の契約とその証印が、かたくなに罪を犯し続ける者たちによって冒涜されるままにしておけば、教会に下るであろう神の御 怒りを防ぐため。(ウェストミンスター信仰告白30章3項)
これら五つの目的はすべて、罪を犯している兄弟(姉妹)が罪を悔い改め、主の恵みによって、御前に回復されることによって達成されるようになる。しかし、実際には、その兄弟(姉妹)が罪を悔い改めない場合があるので、譴責の目的が五つに区別されている。
(譴責の執行)
6-2 教会の譴責は、教会の法廷としての教会会議が決定し執行する。
教会のかしらであるキリストは、教会を治める長老たちに「鍵の権能」をお与えになった。長老たちは栄光のキリストのご臨在の下で、福音のみことばに基づいてこれを行使して、前項の目的を達成する。
(譴責の種類)
6-3 教会の譴責には、兄弟(姉妹)が犯した罪の性質と程度に応じて、訓戒、職務の一時的停止、陪餐の一時的停止、職務の剥奪、教会からの除名(陪餐停止)などがある。
(訓戒)
6-4 教会会議における忠告にもかかわらず、罪を悔い改めない兄弟(姉妹)に対して、その罪を悔い改めないことがもたらす危険について諭すとともに、主の御名によって、警告を与えることである。
(職務停止)
6-5 教会の役員が、教会会議における忠告ないしは訓戒にもかかわらず罪を悔い改めない場合に、その職務を一時的に停止することである。
(陪餐停止)
6-6 教会会議における忠告ないしは訓戒にもかかわらず、罪を悔い改めない兄弟(姉妹)に対して、主の晩餐に陪餐する特権を一時的に停止することである。
(職務剥奪)
6-7 按手を受けている教師あるいは長老が、教会会議の忠告と訓戒にもかかわらず、誤った教えを保持し続けたり、職務を遂行するうえで支障となる重大な罪を犯し続けて、その罪を悔い改めようとしない場合に、その按手を取り消し職務を剥奪することである。
(除名)
6-8 教会員が福音の核心についての誤った教えをかたくなに保持し続けたり、重大な罪を犯し続けて悔い改めることを拒否したりし ている場合などに、その会員が、新しい契約の共同体である教会の外にあること、したがって、聖礼典において表示されている恵みにあずかる特権を失っている ことを、かしらであるキリストの御名によって宣言することである。
これは、その会員に対する十分な働きかけがなされても回復が見込めず、その会員が主に対する信仰を捨てていると判断される場合にのみ執行される。
教会から除名された者は、再び福音のみことばにあかしされている救いを必要としている。教会から除名された者は、主の晩餐に陪餐することはできないが、礼拝を初めとする教会の諸集会に出席することができる。
(所属変更・転会)
6-9 教会の譴責を告げられた教会員がそ譴責の執行を回避するために所属変更願いや他教会への転会願いを提出した場合には、譴責が終了するまでその願いを受理してはならない。
(譴責の依託)
6-10 譴責の下にある教会員が止むを得ない理由によって住居を移した場合には、所属変更や転会を認め、譴責の下にある教会員への譴責と配慮を相手教会に依託することができる。
(除籍)
6-11 会員が長期間にわたって聖徒の交わりを断っていたり、音信不通になってしまっている場合や、主イエス・キリストに対する 信仰を失ってしまったことが明白になった場合には、その会員を除籍にすることができる。また、そのような会員が自ら除籍を願い出た場合には、それを承認す ることができる。
第7章 教会の譴責の解除
(解除の原則)
7-1 教会の譴責は、その譴責を決定した教会会議が、譴責を受けた兄弟(姉妹)が罪を悔い改めたことを確認したうえで、解除する。
(解除の願い)
7-2 譴責の下にある兄弟(姉妹)は、譴責の期間内であっても、その譴責を決定した教会会議に対して、罪の悔い改めを表明し、譴責の解除を願い出ることができる。
(解除の決定)
7-3 譴責を決定した教会会議は、譴責の下にある兄弟(姉妹)に対して継続的に配慮し、兄弟(姉妹)に悔い改めが認められたとき には、進んでそれを確認して、ふさわしい時に譴責の解除を決定する。また、譴責の下にある兄弟(姉妹)から譴責解除の願いを受けた教会会議は、譴責の期間 内であっても、譴責の解除を決定することができる。
(解除の宣言)
7-4 譴責解除を決定した教会会議は、主の恵みによって兄弟(姉妹)の罪が赦されていることを、みことばに基づいて宣言するとと もに、陪餐や職務の一時的な停止があった場合には、それを解除する。また、譴責が公表されていた場合には、譴責の解除を公表し、会衆が心から兄弟(姉妹) を赦して受け入れることを要請する。さらに、必要があれば、その兄弟(姉妹)の罪によって損なわれた交わりの回復のための助言と支えを与える。
譴責の解除に際しては、兄弟(姉妹)を回復してくださった恵みの主への感謝がささげられる。
(職務停止の解除)
7-5 教会会議は、職務停止の譴責の下にある兄弟(姉妹)への譴責を解除した場合には、兄弟(姉妹)を元の職務に復帰させる。
(職務剥奪の解除)
7-6 教会会議は、職務剥奪の譴責の下にある教師または長老への譴責を解除した場合には、その教師または長老に再び按手をする。按手を回復された教師は新たな招聘を受けることができる。また、按手を回復された長老は長老選挙を経て長老職に復帰する。
新たな招聘と長老選挙は、信徒の信任を表明して、職務に復帰する教師または長老を支えるためのものでもある。
(除名された者の復帰)
7-7 教会から除名された者が福音のみことばにしたがって罪を悔い改め、イエス・キリストに対する信仰を回復した場合には、小会 に申し出る。小会は罪の悔い改めとイエス・キリストに対する信仰について試問をして、教会員として復帰を認める。復帰に当たっては、新たに教会員の誓約を する。
第8章 公表
(公表に関する原則)
8-1 矯正的訓練においては、問題が教会会議において取り扱われるようになるまでは公表してはならない。また、教会会議において取り扱われている問題であっても、教会会議が必要と認めた事柄だけを公表する。
(対処の告知)
8-2 すでに公になっている兄弟(姉妹)の罪については、無益な憶測や噂を主の共同体から除くために、教会会議の対処の経過を公表するとともに、兄弟(姉妹)の回復のための祈りと支えを要請する。
(小会による譴責)
8-3 小会は、必要に応じて、譴責の執行について、その経緯を定期または臨時の信徒総会に報告する。
(教師に対する譴責)
8-4 中会が教師に対して譴責を執行した場合には、必要に応じて、他の中会や、関連する地区教会にその経緯と結果を報告する。
第9章 記録
(記録の保存)
9-1 教会会議が取り扱った矯正的訓練に関しては、その経緯と対処の経過の記録を保存する。
(記録の非公開)
9-2 矯正的訓練の記録は、教会会議と当事者を除いて、非公開を原則とする。
(記録の提出)
9-3 教会会議によって譴責の通告を受けた者が、譴責を不服として上級の教会の法廷としての教会会議に提訴した場合には、最初の教会会議は譴責の決定に至るまでの記録を上級の教会の法廷としての教会会議に提出する。
附則
(施行期日)
1 この訓練規定は、大会会議終結の日から施行する。(2004年11月23日)