委員会声明

2005年5月4日
日本長老教会「ヤスクニと平和」委員会 委員長 村瀬 俊夫

 私たち日本長老教会「ヤスクニと平和」委員会(以下「委員会」と略記)は、1997年11月の第6回大会で採択された「戦争に関する公式 見解(以下「公式見解」と略記)」において明らかにされた、《ウェストミンスター信仰告白第23章第2節(以下「信仰告白」と略記)と日本国憲法の平和主 義とは矛盾せず、信仰告白の基本理念は日本国憲法の平和主義と合致する》との結論を重く受けとめ、「日本国憲法の戦争放棄の決断が、かつて日本が犯してき た侵略戦争の罪の悔い改めとして、また平和への新しい決意として、主体的に受けとめ続けることこそが、日本長老教会の信仰告白にかなうあり方であると考え る」との見解にそって、日本国憲法の前文と第9章に表明されている徹底した平和主義、並びにそれと深く関連するものとして第20条に明記されている信教の 自由や政教分離の原則を積極的に擁護する立場の活動をしてまいりました。

 そのために委員会は、種々の集会を開き、必要に応じて日本政府に抗議や要請の文書を送り、他のキリスト教諸団体と連帯する活動に参加し、定期的に「委員会ニュース」や文集「平和をつくる者」を刊行してまいりました。

 日本長老教会が公式見解を採択した翌1998年11月の第7回大会で、「日米新ガイドライン・周辺事態法案反対声明文(以下「声明文」と 略記)」が出されました。日本が日米安保条約との絡みで米国の要請を受けて戦争に備える態勢を整え、米国が主導する戦争に協力することを期待されている 「日米新ガイドライン・周辺事態法案」であり、まさに憲法の平和主義に逆らう方向に公然と舵をとろうとする動きの始まりでありますから、その声明文は公式 見解の線にそって当然出されるべきものであったのです。

 私たちの反対にもかかわらず、周辺事態法など新ガイドライン関連法は、1999年5月に国会で成立し、同年8月には日の丸・君が代を国 旗・国歌とする「国旗・国歌法」まで成立してしまいました。それ以降、私たちの抗議や反対を押し切って、有事法制化への一連の動きが着々と進んでまいりま した。ついに国会で、与党単独ではなく野党の民主党の支持も取り付けた形で、2003年6月に武力攻撃事態対処法など有事法制3法が成立し、それを補完す る国民保護法など有事法制7法が2004年6月に成立しました。

 このような有事立法は、有事=戦争に備えるものですから、戦争を放棄した憲法の平和主義に全く反するものであることが明らかです。このよ うに戦争をすることができる国へと日本国が変貌していく事態を、公式見解と声明文を大会において採択した日本長老教会が、どうして黙って見過ごすことがで きましょう。

 有事法制化への動きは平和主義を国是として掲げる憲法第9条の改正論議を呼び、同時並行的に、憲法改正を視野に入れた国会の動きあったこ とにも注目しなければなりません。2000年1月に国会(衆参両院)に設置された憲法調査会の最終報告が、5年を経て本年4月にそれぞれ提出されました。 第9条を中心とする憲法改正の問題が、いよいよこれから本格化し、具体化することは間違いありません。それに対して日本長老教会は、いかなる態度と見解を 表明すべきでしょうか。公式見解と声明文の流れから答えは明白であるように考えられますが、そのことが今、日本長老教会に属する一人一人に重く問いかけら れていると思います。それで委員会では、そのことを改めて問いかけ、公式見解に線にそって憲法改正への日本長老教会の態度と見解を明らかにする文書(声明 文)を、きたる11月の第14回大会に提出できるよう周到に準備をしてまいります。

 ここで日本国憲法の成り立ちに、今一度、新たな思いで目を向けましょう。戦後間もなく制定された日本国憲法は、前文に「再び戦争の惨禍が 起こることのないようにすることを決意し」と明言しているように、過去の15年戦争への深い反省に立ち、「恒久の平和を念願し」て、「平和を維持し、専従 と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたい」との熱い思いから生まれました。「専従と隷従、圧迫 と偏狭」の大きな要因であった絶対天皇制に基づく人権抑圧の極みである軍国主義・国粋主義を一掃し、国民主権に基づく人権尊重の徹底した平和主義・国際主 義へと向かう新しい日本国を建設する道へ歩み出しました。このことに、過去の侵略戦争に対する日本国の真摯な反省と謝罪の思いが込められていたのではない でしょうか。

 そのために日本国民は、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際 紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と誓い、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と宣言する第9 条を、平和主義のかなめに据えました。戦後60年、それ以前の戦争に明け暮れた大日本帝国とは全く違って、日本国が戦争に加担することはなく、近隣諸国と はもちろん、世界のどの国とも平和に過ごすことができたのは、何と言っても日本国憲法があったからです。そしてそのことが、日本国が過去の侵略戦争の罪過 を認め、その深い反省に立って行動しいていることの明確な証しでもあったと思います。

 それだけに、第9条を改正(実は改悪)して戦争をすることができる国になろうとすることは、日本国が過去の侵略戦争の罪過を忘れたことを 表明するものであり、現在の米国ブッシュ政権を喜ばせるかもしれませんが、侵略戦争の甚大な被害を受けてその心の傷がまだ癒やされずにいるアジア近隣諸国 (特に中国と韓国)の人々に及ぼす悪影響は計り知れません。

 私たちは第9条を持つ日本国憲法が、実は世界の心有る多くの人々から尊敬され、高く評価されている事実を知らなければなりません。さらに 私たちは、特に福音的なキリスト者として、日本国憲法の掲げる国民主権に基づく人権尊重の徹底した平和主義・国際主義が、その根本において福音の主である イエス・キリストの理念と精神に合致するものであると認めることができます。《神が恵みによって日本国に与えてくださった》日本国憲法は、今日において も、少しも光を失うことなく、ますます光り輝いて21世紀の世界を照らす確固たる指針となるでしょう。

 戦後60年、いよいよ私たちは、戦争放棄を国是とした平和主義を高く掲げる日本国憲法を誇りとして、その理念と精神を世界に広めるために力を尽くし、共に祈り、共に歩んでまいりましょう。

「天地の造り主なる主よ。20世紀を平和の主に従わず、戦争の世紀にしてしまった私たちの罪をお赦しください。……
平和の神よ。21世紀を前に、私たちを聖霊に満たし、和解の福音の使者とならせてください。遣わされた所で福音を宣べ伝え、平和を造り出す者とさせてください。
愛の主よ。私たちを戦争の根源である憎しみ、差別、偏見、敵対心などの罪から解き放ち、隣人愛で満たしてください。……
21世紀を真に平和の世紀とするために、平和の君、歴史の主なるキリストを日々仰ぎ、今、ここでも、和解の福音を実現する者と、私たちをならせてください。」
(2000年6月の第4回日本伝道会議で出された「沖縄宣言」の結びの祈りから)