小泉首相の靖国神社参拝に抗議します

内閣総理大臣小泉純一郎殿 

2006年8月17日
日本長老教会 「ヤスクニと平和」委員会 委員長 村瀬俊夫

 首相は8月15日に靖国神社を参拝されました。私たちは、かねてから参拝の日ではなく、参拝行為そのものの違法性を訴えてまいりました。 1985年首相の靖国神社参拝について政府見解が出され、それまでの政府見解(首相等の政府要人の参拝に関して、違憲とも合憲とも断定してないが、このような参拝が違憲ではないかとの疑いをなお否定できない)を覆し、私的諮問機関の答申をそのまま受け入れた見解(追悼を目的とし、参拝が本殿または社頭での 一礼方式ならば合憲)を出した経緯があります。今回の首相の参拝はこの見解に沿ったもののようで、政府としては首相の違憲性は問題にしておりません。公明党は遺憾の意を表しましたが。

 しかしながら1985年以来、首相の靖国神社参拝に対して多くの違憲訴訟が出され、大部分の判決は憲法判断を回避して提訴を退けてきまし たが、判決文中に明解に違憲性を記述した仙台高裁(1987)、福岡地裁(2004)があります。これに反し合憲判決は一つもありません。立法機関も司法 機関も首相の靖国神社参拝合憲との明確な意志を示しておりませんが、これは憲法第20条によって合憲とは言えないからです。

 首相は「公約」を何がどうあろうとも実行するのが政治家だと勘違いされているようです。それは市井の頑固爺には許されることでしょうが、 国家のトップの座にある人には許されていません。真の政治家は、流動して止まない世界情勢のなかで、常に「公約」内容を吟味し、その是々非々を問い続け、 国家の正しい舵取りをする人でなければならないことは、歴史が教えてくれます。

 ともかく、首相の靖国神社参拝が、日本の常任理事国入りを挫折させ、最後の訪米で米国議会での記念演説を阻まれた理由の大きな要因であっ たとされています。もっとも、私たちは、両者とも反対でしたから、個人の失政が、かえって傲慢になりがちな国家をたしなめることになった歴史にありがちな アイロニーを見る思いがします。自民党をぶちこわすと高言した首相が、こっそりと自民党の後継者候補を育てていたことに、微苦笑を禁じえません。