武力によらない平和主義と厳格な政教分離原則を堅持することを求める声明

2008年1月12日
日本長老教会ヤスクニと平和委員会

私たち日本長老教会は、第6回大会において「戦争に関する公式見解」(以下「見解」)を採択し、ウェストミンスター 信仰告白第23章2項の「正当で必要な場合には、合法的戦争がありうる」という立場をとりつつも、23章2項が無制限な合法的戦争を肯定することを意図す るものではなく1、むしろこの信仰告白の理念が敬虔と正義を推進する秩序と平和の維持にあることを確認した2。そして、現日本国憲法の戦争放棄の決断も、23章2項の理念に即した一つの具体的な選択となりうるものであり、日本長老教会が現日本国憲法の戦争放棄の決断を主体的に受け止めることは信仰告白のあり方にかなうものであることを確認した3。更に、戦前・戦中の日本のキリスト教会が侵略戦争に加担し、積極的に協力した事実を重く受け止めて4、戦後の国際貢献を建前とする自衛隊による軍事的貢献を推進する政府与党の動向に対して危険性を訴えることが教会の預言者的使命の重要な役割であることを確認した5

それと同時に私たちは戦前・戦中の日本のキリスト教会が戦争に加担する中で神社参拝を行い、第一戒にそむく偶像への 礼拝の罪を犯した事実を重く受け止める。戦後もなお、靖国神社の国営化を求める声が政府与党から挙がり、首相や閣僚による靖国神社参拝が推進されている現 状の中で、国家神格化や偶像礼拝の問題は決して過去の過ぎ去った出来事ではなく、今の日本の教会も同じく問われているものであることを覚える。

特に2005年に提出された自民党憲法改正草案に おいて、これらの問題が深刻さを増している。特に自民党改正草案における9条2項と20条3項の改正は、武力によらない平和主義と政教分離原則の空洞化に 繋がることを受け止め、これを私たち教会に迫られている信仰上の課題として大いに警告を呼びかけるものである。

1. 武力によらない平和主義の堅持
現憲法の武力放棄の選択は、武力を行使することによって平和の構築を目指す平和主義と決別したものであった。これは単なる理想主義ではなく、アジア・太平 洋戦争における戦争の悲惨さを歴史から学び反省した現実的な選択であったことを受け止める。私たち日本長老教会はこの現憲法9条2項の選択が、ウェストミ ンスター信仰告白23章2項の平和を追求する理念に一致する一つの選択であることを「見解」において表明した。
新憲法草案では「自衛軍」を明記し、武力による平和構築へと大きな方向転換を目指している6。過去の悲惨な歴史をかんがみて、現与 党政府が推進しようとしている軍事による平和構築は、かえって敵意を煽り、混乱と紛争を拡大させる危険を大きくはらむものである。また近年において国家の 利権によって引き起こされた戦争もまた、「平和」や「自由の戦い」「国際貢献」という大義が掲げられて行われてきたという多々な実例を私たちは覚える。ま た日米軍事同盟を強力に推進しようとしている政府与党の動向は、自衛という目的とは無関係な軍事行動に道を開く危険性を含んでいるものある。これらの現実 から私たちは武力によらない平和主義の理念が現憲法9条の改正によって、武力による平和構築へと大きく方向転換させられることを危惧する。よって私たち日 本長老教会は現日本国憲法9条2項の理念に留まることを表明するものである。

2. 厳格な政教分離原則の維持
新憲法草案においては、国家や地方公共団体は「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲」内であれば、宗教に関わったことにはならないと認めている7。 「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲」について具体的に述べず、あいまいな表現に留めることによって、いかようにもその範囲を広げ、やがては、今現に首相や 国会議員によって強行されている靖国神社参拝または大嘗祭に代表される皇室行事をも日本の習俗として合憲化しようとする意図を見る。そしてこのことはやが て全ての国家公務員や公立学校の生徒に対しても神社参拝が強要されることに道を開く危険性を持っていることを認識する。
このように新憲法草案の政教分離原則の緩和は、政教分離原則の空文化につながるものであり、やがては国家権力による信仰や思想・良心への介入に道を開き、 私たちキリスト教会に対しても神社参拝等の偶像礼拝を強いるものとなることを危惧する。特に戦前・戦中において神社参拝が軍国主義化の精神的支柱として機 能していた現実を見るとき、国家による神社参拝の推進を許す修正条項には大いに警戒するに値するものである。
大日本帝国憲法においても「信教の自由」は授与されていたが、その自由は臣民としての義務に背かない上での自由に限定されていた。そして「国家神道は宗教 ではなく国民儀礼である」との主張によって、神社参拝を行わない自由は例外なく認められず、神社参拝が一律に強要された。それによって思想・良心の自由も 完全に空文となり、国家からの干渉に甘んじる結果となった。
この長い苦汁の経験を通して、現憲法20条3項の「政教分離原則」は生み出され、「信教の自由」においては国家と宗教を厳格に分離させることが必須とされ るに至った事実を深く受け止めて、現日本国憲法20条3項の基本原則に留まり、社会的儀礼、及び習俗的行為という名のもとに強制される宗教行事と私たちの 信仰生活を厳密に区別することを主張する。

以上の理由によって、戦前戦中に日本の教会が犯した侵略戦争へ荷担した誤りを繰り返さないために、私たち日本長老教会ヤスクニと平和委員会は武力に寄らない平和主義、政教分離原則の厳格な維持を強く求めるものである。


1 「戦争に関する公式見解」1(4)

2 「戦争に関する公式見解」2(3)

3 「戦争に関する公式見解」2(2)(3)

4 「戦争に関する公式見解」3(1)

5 「戦争に関する公式見解」3

6 現行憲法:第2章 戦争の放棄
第9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

自民党改正案:第2章 安全保障
第9条の1(平和主義)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第9条の2(自衛軍)
1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 自衛軍は、第1項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前2項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。

7 現行憲法:第20条:
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

自民党改正案: 20条
信教の自由は、何人に対しても保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない。



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